株式会社エフアール

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ずっと固定金利の安心【フラット35】




 

3.11

3.11

5年前の今日、あの瞬間
皆さんは何をされていましたか?

私は浦和の会社で売買仲介営業をしていました。
物件調査から戻り、ちょうど会社の駐車場に居ました。

足元が揺れ、「あっ地震だ」と思っていたら段々に揺れが大きくなり
立っていられなくて、その場にしゃがみ込みました。
駐車場の車が一斉に縦に横に大きく揺れ始めました。
揺れは益々激しくなり、近くの民家の屋根も大きく揺れています。

まるでパニック映画を見ているようでした。
ただただ「何、何、」と繰り返し呟いていました。

少し揺れが収まった時に、すぐそばの古い家が大きく傾いていたので
倒壊するかもと思い、中に向かって「誰かいますか」と叫んだら
玄関に高齢の男性が座り込んでいました。
1人では立っていられず、逃げることも出来なかったそうです。
門は曲がり、空けることが出来ないので近くで作業されていた
職人風の方にお願いして何とか門を開けて頂き、男性を外に
出したことを覚えています。

その日は社用車で送ってもらい、家にたどり着いたのは夜8時?10時?
浦和から大宮が、とても遠く感じました。

エレベーターが停まっているので15階まで非常階段を登りながら
日頃の運動不足を呪い、自宅のドアを開けると
愛犬2匹が怯えて、キャンキャン吠えていました。

他のお宅でもそうらしいですが、あれ以来物音に敏感になり、
今でも少しの物音にも反応し、吠えまくります。
よほどのトラウマだったんですね。

私の部屋は50インチのテレビだけですみましたが
同じ階の南側のお部屋では、ガラスやコップが棚から出て
割れてしまったそうです。
マンションの棟によって、やはり揺れ方が違うんですね。

あれから続いた余震で、いつでも揺れているような感覚が
抜けなくて心も体も不調になり、せっかく勤めた会社も
退社しました。
素晴らしい会社だったので残念でした。

あれから5年も経つんですね。
まだ避難されてる方も居ます。

北野武がテレビで言ったそうです。
「2万人が死んだ一つの事件ではなく、1人が死んだ事件が2万件あった」と
確かに、亡くなった、お1人お1人にそれぞれの生活があったんですよね。
今、生きていて自分の生活が出来ていることに感謝します。
少額ではありますが今日の震災プロジェクトで寄付をしました。
自分にできるのはそれくらいなので。






 

2016-03-11 15:20:59

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